生誕101年記念「田中善之助展」後記


























































 1990年、最近の美術界最大の話題は何といっも大昭和製紙の斎藤氏による大きな買い物であろう。ゴッホ「医師ガシェの像」とルノワール「ムーラン・ド・ラ・ギャレット」を総額250億円で買った斎藤氏は、その翌日にも数十億円の買い物を付け加えた。もともと余っている金だから今のうちに世界中の名画を日本に持って来るのも良いことではある。けれども冷静に考えるならば総額300億円という金額は、相当立派な美術館を新設して良質な美術品で収蔵庫を満杯にすることが出来るほどのものである、ということを私達は知っている。この国の狂乱とも言える美術ブームを象徴する出来事であったが、このブームを享受している多くの新興画商や俄コレクター達、やれオークションレコードがどうだ最近の値動きがどうだと賑やかな紙面でブームを煽る美術ジャーナリズム、値段ばかりで取り引きされる陳腐な絵や美術品。本当は、もうこんな商売なんか止めてしまいたい程の嫌悪感さえ抱きはじめたこの頃である。

 「儲かってしゃないやろ」と他人(ひと)様はおっしゃる。冗談ではない、私達の画廊にはいわゆる売れっ子とか売れ筋の絵は何も無い。店に来られるお客様が絵が高くなってもう買えないと不平をおっしゃるから、そんなことはありませんよ、こんな良い絵がまだこれ程の金額で買えますからと、店内に表示してある価格を指し示すと、「ほー、君の所は買いやすいな」と感心される。けれどもそういう人がここで買われたことは滅多にない。多分、この画廊で自分の気に入った絵の作者を他の画廊に聞き合わせて「そんな絵描き聞いたことが無いし売れませんよ」とでも言われるのだろう。

 売れない絵は貯まる一方である。今度の田中善之助もそのような絵描きである。この人の名を知っている画商やコレクターは余程の通と言える。その人達でさえ田中善之助を「浅井忠の周辺にそんな絵描きがいたなあ」という程度の認識しか持たない。大方の美術館学芸員氏達もそのようなものであろう。けれども売れない絵が不良在庫でないことは画商として証明せねばならないと思う。

 私達の画廊でちょうど10年前に半年間に亙り、田中善之助遺作シリーズを開催した。今よりもっと狭い画廊であったので、作品を初期から晩年までの時代別、テーマ別に6回に分けて展示したのである。その後田中善之助コレクションも少しは充実しているので、今回はもう少しましな展覧会になると思う。

 絵は値段の高さではない、知名度ではないことを少しでも知って頂けるのではないか。もっとも、本当に知って欲しい層にはこの展覧会の案内状も図録も到達しないであろうことは残念である。相変わらずの一人相撲で終わるかも知れない。それでもよい。札束でほっぺたを張るような取引が横行する卑しい美術界に対する、私達夫婦のささやかな抵抗の証であるのだから。

星野桂三・星野万美子
本展開催および図録編集に当たり、下記の方々からご協力を頂きました。
記して謝意を表します。
田中重雄・田中 安・京都近代美術館・京都市美術館・千葉県立美術館・三重県立美術館


























































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