−人間が人間を描く刻ドラマが始まる−
「第1幕・明治の肖像、第2幕・自画像」展 後記

































 1995年私たちの記憶の中に最も忌まわしい年であったと長く留め置かれることは、いわゆるバブル景気崩壊後の停滞気味の経済状態もようやく底が見えた感じだった昨年の秋ごろから、私たちは、まあ来年の春ころからは少しは景気も上向きになるだろうと希望的観測を持っていた。そんな期待をあの1月17日の未明に突如襲った阪神大震災が木っ端微塵に吹き飛ばしてしまった。たいした被害もなかった京都でさえ背中を2度ドーンと突き上げられ、それからギッシギッシと激しく揺れる家中のきしみに一瞬もうあかん、もう潰れると思ったものだ。揺れがおさまってからつけたテレビの地震速報の近畿各地の震度を示す画面で、神戸の空白欄が持つ大きな意味を私たちは誰も知らなかった。それからの日々は阪神間の地図を片手に、刻々と伝えられる被害の甚大さに多くの知人やお客様方の安否を気遣うと同時に、次は京都を襲うかも知れない直下地震の恐怖との戦いであった。そのうちに阪神地区の美術館の惨状が次々と耳に入る。文化財レスキュー隊の活動が報道された時私たちにも出来ることはないかと思案したが、埋もれた作品を発掘する画商としての看板があり、商売のためにやっていると要らぬ誤解を受けてはならないから最終的には手控えることにしたが、西日本の近代の文化を長い間支え育ててきた阪神間の数奇者のコレクションが知らない内に瓦礫と共に葬り去られているだろうことは、それが運命とはいえ辛いことである。

 地震の余震が収まり切らない内に日本中を震撼させたもうひとつの大事件が、地下鉄サリンとオウム騒動である。ひとりの詐欺師に操られた狂気の集団の実態は過去の連合赤軍事件の衝撃をはるかに凌駕し、まるで劇画の世界が現実の世界に突然ワープしてきたような感じがする。阪神大震災で落ち込んだ関西の美術界の経済は、オウムの余波をもかぶり最早沈没寸前の有様と言える。

  












































  心事断片
  人型に倒れし書棚の下に埋もれ 命ありて蒲団を這ひ出づ  1月17日
若き人あまた死せしを年老いし われら生きのびて何をかは為む
戦後原爆洪水地震に人多く死にたるに われは何を為せしや
八十二年生き来し命人のために 何ひとつ為さず この己れ餓鬼
地獄絵のおぞましき餓鬼見つつ居れ 己れと知らず生き来しものを
自己嫌悪はげしく胸を噛むものを 餓鬼と思ひ修羅と呼ぶもすべなき
人名救助の過労に死にし警官の 記事を読みつつ涙はせしも
壊滅の街に幣れし大学生数、 百十とある記事切り抜きて居れど
(大阪の息子の家に避難し来り 風邪などひきて歌つくり居る 2月5日)










































 ここに引用させて頂いたのは私たちの画廊に足繁く通っておられた、芦屋の天野茂氏よりの震災後の便りである。天野氏は私たちを励まして下さる有り難いお客様のひとりで、教育者として多くの若者を育て、老いてもなを青春の感動を持続しながら、但馬生まれの宿南昌吉(明治42年に28歳で昇天した医学者・文学者)を研究テーマに明治の青年に思いを馳せる本を執筆中であった。ここに明治の肖像と画家の自画像の2本立てで構成する展覧会を企画できるのも、画廊に来られる多くのこうした理解者や支持者の応援の賜物と感謝している。

 私たちは常々、人間と人間との出会いの不思議さ、人間の作り出すものへの共感と反感、人間の賢さや愚かさ、などを出来るだけアウトサイダーとして眺めてきた。研究の存在としての自然を愛する私たちではあるが、人間がいてこその自然であるとの認識は持っている。だから人間とその所産は大きな興味を持って見守っている。家族の絆をいとも簡単に断ち切るオウムの人々の存在は、彼らが彼らの内部にのみ増殖している限りは阿呆な奴やなあと傍観していればよかったが、社会に及ぼす害毒の大きさには傍観者でいられるものは誰もいない。1995年も半分済んだところで私たちは今一度出発しようとしている。この世界を構成する全てを支配できるのか、人間たちよ。一歩間違えば危ういところにいるに違いない、人間たちよ、あなた達は一体何処へ行こうとしているのか。いつまでも傍観者ではいられない私たちは、自分なりに人間の素顔を探ればよいと、一見うっとおしい肖像画の数々を画廊に集めることにした。そうなのだ、明治の肖像画には平成の今日忘れ去られようとしている人間存在の確かさがある。そして画家が見つめる画家自身の像にも真摯な熱情が感じられる。私たちは、今日もう一度人間を見つめ直すことから出発する。

星野桂三・星野万美子
































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