魂の画家「三上 誠遺作展」後記









































 三上誠の生前、といっても晩年に限ることなのだが、パンリアル展の出品作を見ていたから三上のことを少しは知っているつもりだった。今資料を手にして振り返ってみると1968年の〈作品〉くらいから記憶がある。当時、何やら非常にバタくさい日本画のイメージを三上に対して持っていたことは間違いない。1972年に三上が亡くなって2年後画集が出る少し前、知人から三上誠を扱わないかと声を掛けられたことがある。

 1973年の11月、私たちは三条大橋の少し東の下駄屋と酒屋の間のちっぽけな階段をトコトコと上がり詰めた2階の10畳ほどの部屋を借りて星野画廊を始めていた。同じ2階のもう一つのテナントは電気治療をするところで、時々そこの奥さんが共用の台所で焼く鰯や秋刀魚の煙が画廊にもたちこめたりして、初めて訪れた客にとって相当胡散臭い画廊であったろう、それでも当時は「世界に翔く」なんて夢みたいなことを言って、大金をかけたカラーカタログを作り海外のコレクターに通信販売をしていた。無論そんなものが成功する訳もなく、私たちはそれこそ辛酸なめた末、徐々に軌道修正してひと時代前の作家と作品を扱うようになっていった。三上誠を扱わないかと声を掛けてくれた人は、私たちの現代美術嗜好を知ってのことだったろうが、正直、三上誠の作品では当時商売になりそうでなかったし、そんな財力もなかった。

 それから23年後、私たちの画人再発見の旅は明治の画家たちから遡って、ようやく昭和の同時代の画家たちへと到達してきたことになる。縁あって私たちの手許に集まった今回の24点の遺作による展覧会は、長い間積み残されたようになっていた三上誠の宿題がようやく果たされようとしている、そんな気持ちにさせてくれて感慨深いものがある。と同時に、あまりにも三上誠という画家を知らなかったという想いを募らせる。私たちは常々作品が作家の人生を物語ると考えてきた。三上誠はその典型的な例なのだがその作品の難解さに無理解が助長されて表面上の仕事のみ目を向けてきたような気がする。作品を観ながら情緒的な判断を下してしまい、良し悪しを簡単に口にしていたように思う。20数年前にパンリアル展で知っていたはずの三上誠は、バタくさくもっと軽いものに感じられた。結核の闘病生活の末に辿り着いた東洋医学への傾倒が作例に現れた〈灸点万華鏡〉や〈経路・歴〉〈機構の生理〉といった晩年の代表作品を今、目の前にして、私たちはあまりにも浅く接していた事を恥じる思いで一杯になる。








































































 展覧会準備のために三上の詩や記録に目を通すうちに、手許にある遺作はより以上に光り輝くものに変貌していった。この展覧会図録ではその資料のほんの一部しか掲載できないけれども、限られたスペースに必要最小限のものを入れ込んだつもりである。三上誠の全貎は一画廊のささやかな展覧会では明らかにすることは不可能ではあるが、三上が病気がもたらした憂鬱と寂寥を乗り越えて全魂を注ぎ込んだ制作意図を、ほのかに表すことが出来たように思う。残念なことに、私たちは当時彼がこのように必死の思いで制作していたことを知らなかった。淡雪のごとくに消え去ったバブル景気とその後に残された政治・経済の後遺症に悩む現在の私たちは、本当に悩んでいると言えるのだろうか。それはまだ幻影(まやかし)の余韻に甘えているだけなのではないだろうか。短い人生の殆どを占めた苦難の極致を乗り越えて制作をし続けた魂の画家・三上誠の姿は、そうした我々の甘えの姿勢を木っ端微塵に打ち砕いてくれる。

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 掲載した資料の中で、実弟にあたる嶋田正氏の「兄 三上誠を語る」は、1978年に開催された福井県立美術館での三上誠展図録の原文から、その最初と最後の部分を転載させて頂いたものですが、他のどの文章より三上誠理解の助けになる名文だと思います。転載を快く承知して下さった嶋田氏と同美術館には改めて感謝いたします。また、本図録を作成するにあたり『三上誠画集』(1974年三彩社刊)、『三上誠展図録』(1978年福井県立美術館、八百山登編)、『三上誠展−自己擬視から「宇宙」へ−展図録』(1990年O美術館、天野一夫編)を大いに活用させて頂き、また必要箇所を転載させて頂きました。関係各位に深く御礼申し上げます。

星野桂三・星野万美子


































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