特別展 ここに人間の生の証しがある
 群 像 の 楽 し み 方

【後 記】                   星野桂三

 この夏、日本人が巻き込まれる交通事故が世界中の観光地で多発した。なかでもアメリカ中西部のブライス・キャニオンへ向かう一台のマイクロバスが横転し多数の死傷者が出たことには、自身の経験もあり非常に驚いたものだ。あの頃ブライス・キャニオンへ向かうバスに乗っていた観光客は私ひとりだった。1965年7月、経済・商学の分野で学ぶ学生を対象にした交換留学のプログラムである「アイゼック」の短期留学生として私はアメリカに渡った。3ヶ月間に渡りオハイオ州のデイトン(NCRの本社があり有名)という小さな町で企業研修生として過ごす傍ら、ワシントン、ニューヨーク、ボストン各地での国際セミナーに参加したのだ。研修生としての3ヶ月はささやかだが給料が出る。最後の貨客船サントス丸の横浜からロスまでの片道切符だけを工面してようやく参加できた貧乏学生の私は、その給料のほとんどを使わずに貯めて、帰りの旅費とアメリカ国内旅行の軍資金としたのである。同年秋、グレイハウンド・バスの99日間99ドルという格安チケットを手に、ニューヨークを出発しアメリカ各地を走り回る一人旅をした。3日に一度はバス内で寝るハードなスケジュールを組み、朝昼晩三食をほぼハンバーガーで過ごす旅だった。旅の終末近く、グランド・キャニオンを展望台から眺めた後向かったのがブライス・キャニオンだった。夕刻近くに着いた小さなロッジの宿泊客は私ひとり。荷物を下ろすと直ぐキャニオンの奇観を見ようと散歩に出かけた。赤茶けた岩肌が長年の風化により誠に奇妙で恐ろしい気配を放ち、シーンと静まる狭い峡谷を独りさまよううちに、急にもう二度とは帰れぬかも知れない恐怖に襲われてしまった。あたふたと迷いながらもロッジに辿り着いた頃は日も暮れる寸前だった。あの寂しい、当時の日本人には無名の観光地に、今では大勢の日本人観光客を乗せたバスが向かっていたということだ。しかも運転手は留学中のアルバイト学生だというではないか。二日間で1000キロも小さなマイクロバスを緊張して運転し続ければ、居眠り運転もするだろうにと同情さえ感じたのである。
 一人旅は昔から好きだった。魚釣りを趣味としていたから、人里離れた渓流釣りは特に気に入っていた。家族を持ってからもあまり観光客の行かない穴場を求めて、ひたすらな場所を旅し、一日に数本しかバスが通わない所で、家族連れの自家用車が次々と目の前を通過するのを横目で見ながら、家人をなだめなだめ、次のバスが来るのをひたすら待つという旅が多かった。家族からのブーイングは次第に激しくなり、年齢と共にそうした旅とは無縁になっていった。

 「群れ」から離れて独りで何かを見つける、今までやり続けてきた「埋もれた名作」の発掘作業もその延長線上にあると思う。とにかくのしていないことをする、まだ誰も手をつけていないものを捜し出す、これが無上の喜びであり、時にはそれは私たちの生活に果実をもたらして来たのも事実である。なるほど他人が目を向けないものは思いがけないほど格安で入手できることもある。ただそれらはそのままでは果実とはならない。やはり入念な手入れと熟成が必要である。作品を入手してからの手間ひまのことは詳しく述べないでおくが、購入後15年とか20年とかの時間はそれこそあっという間に経ってしまう。これという画家に目をつけて作品を次々と蒐集しているが、画家の没後に作品が散逸していたり、もともと描かれた作品が少なかったりすることが多い。たまに作品数はべらぼうにあるのだが、見せたい絵だけを選別すると、集めるのにやたら時間ばかりが経ってゆく画家もいる。画家の全体像を示す遺作展の開催がいつになることやら目星がつかない場合、作品に共通する時代や作風、所属するグループやモチーフなどを見つけ出し、展覧会の形に仕立てて様々に発表してきている。
 本展の出発は、野長瀬晩花のC<戦へる人>とのにあった。この絵1点のみの展覧会でも成立するような名作の発見だった。野長瀬晩花がバンカの名前でテルヲと共に暴れ回っていた大正初期頃の、京都日本画の若いエネルギーが画面一杯に溢れている筆舌に尽くしがたいものである。もう1点、随分昔に入手していた寺崎武男の「遣欧少年使節」を描いた巨大な屏風仕立ての1対の作品LMがある。あまりに大きすぎるので、これまで画廊に展示することもなく、どこにも紹介する機会がなく過ごしてきた。寺崎の生誕120年記念として企画された「寺崎武男の世界」展(館山市立博物館、2003)には、写真のみでの展示が為されただけである。両作に共通する「群像」の表現を楽しむことから本展は出発した。
 これらの二作品を中心に据えて、改めて画廊のコレクションの中から「群像」の共通項で楽しめるものを抽出していった。作品数は思いのほか多数になった。画廊の壁面で先の野長瀬晩花と寺崎武男の作品を陳列すると、最早残された空間は僅かとなる。じゃあ、いっそのこと展覧会図録の上で展示してみようと考えてみたのである。
 絞りにしぼって30点になった。一度これだけの作品を美術館などの広い施設で一堂に楽しめることができたら……。そのような夢もかすかには抱いているところでもある。


 こうして様々な群像表現を眺めているうちに、最近の日本における社会通念の崩壊とも言える現象にも触れたくなってきた。仰々しく論じることでもないが、気になることが多すぎるこの頃、ついついペンが滑るのをお許しいただきたい。
 ここ数年日本は長寿大国と言われてきた。それは大したものだ、私もあやかりたいと喜んできたのに、最近発覚した「111歳の男性が死後32年で見つかった」事件を皮切りに、続々と国中から100歳以上の長寿者の生存人数訂正のニュースが流されている。範囲を広げて、例えば90歳以上としてみるならば、その訂正されるべき人数は空恐ろしいものになるだろう予感がする。お役所の書類棚のみで生存する長寿者、まるで怪談話ではないか。「お役所仕事」の弊害が端的に表れたことに異論はないのだが、折々に発表される統計調査の結果責任は、一体誰が取るというのだろう。本図録E<明治大帝御不例平癒祈願図>に見られるような国民のな祈りは、最早この国の何処にも存在しないのだろうか。う対象が天皇であれ、肉親であれ、人間の心に生じる悲しみに大差はないはずなのに、死者を生かして得られる年金のためには何でもする、ここまで拝金主義がはびこっているとは知らなかった。遠い昔、地方の貧乏な寒村で「姥捨て」慣習があった。現代の日本ではかたちを変えて「姥生かし」慣習になっていたとは、かの柳田國男もびっくりである。
 それよりもっと憂うべきものがこの国にはびこってきている。長い間続いた自民党政権がようやく民主党政権に代わり、理想主義を唱える若い政治家が台頭して、この国の未来に少し光明が見えてきたものだと喜んだのは束の間だった。政治家たちがやっていることは昔と同じ、自民党と民主党と名前を入れ替えただけのことである。いつまでも親小沢だとか、反小沢だとか、ごちゃごちゃとうごめく有様は見ていられない。田中角栄の時代から「政治は数だ、数は力だ」と言われてきた。そこに民主党で芽生えた若い理想主義が食い込んで、様々に政治改革が行われようとしてきたのではないか。菅総理も思い切って消費税問題を声高に提示したまではよい、その後ご多分に漏れず大衆の猛反発を喰らうとへなへなと腰が砕けてしまった。消費税を上げると言って喜ぶ人はいないだろうが、それでも何とかしなければならないと腹をくくって発言したのではないのか。彼の発言のぶれを面白おかしく報道するメディアの存在もこの国を危うくしている一因と私は心配する。時の政権に批判的であることは正常だとは思うが、行き過ぎると困る。かつての小泉氏の郵政改革選挙当時のことを思い出すのだ。
 最近とりわけ目立つのが事あるごとに実施されるアンケートである。国民の政治に対するアンケートは、時期を誤らず行われるとそれなりに信頼感があり、大きな影響力を持つものだろう。しかし昨今のように、何も取り立てて重大なことでもないのに頻繁に実施され、新聞やテレビ各局が争って報道する。その結果に政治家たちは一喜一憂すべきではない。大衆の意識行動は誠に刹那的で付和雷同するものであることは充分承知しているはずではないか。何のために大きな選挙を戦い、政権を獲得してきたのだろう。大衆の付託を受けた政権なら数年間は初期の理想に邁進すべきであり、万が一過ちが生じれば次の選挙で手痛いしっぺ返しを喰らうのである。我々大衆はもう少し耐えることを知らなければならないし、政治家たちはもっともっと耐え、本当にこの国の将来を導く為に真摯に活動すべきではなかろうか。メディアも軽挙な大衆煽動路線を排して、大所高所からあるべき姿を論じるようにしてもらいたい。
 たかが画商のくせに偉そうなことを言って、とされるだろう。しかし、多くの良識派がこのような思いを共通認識として抱いている。そうであるなら、たとえそれが小さな声であっても、機会があれば僅かでも表明すべきであると私は思っている。厭なことや苦しいことのみが多そうな世の中である。近頃の異常な気象状況は、近未来の地球の破滅さえ予感させるほどでもある。これまでも日本人は戦争を乗り越え災害を乗り越えてきた。画家たちは折々の苦しさの中から幸せな群像や哀しみの群像を見つけてきた。この時代を耐えて乗り越えることができれば、皆で?<めでたき風景>のように一献傾けることが出来る日がきっと来る、そのように祈るのみである。
2010(平成22)年8月 
《短信》
テレビ東京系で放送されているKIRINN ART GALLERY「美の巨人たち」に稲垣仲静<猫>が取り上げられます。さる8月12日当画廊にてその一部が収録されました。ハンサムで美声の持ち主の画商と猫の化身らしき美女が登場します。両者ともに東映の役者さんです、念のため。放送日は9月25日(土)22:00〜22:30大正11年(1922)に僅か25歳で夭折した天才画家、稲垣仲静の生涯がどのように映像化されるか楽しみです。是非ご覧下さい。

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