星野画廊で開催した主な展覧会─89_1

素顔それとも虚構― 生かされた女性美

生かされた女性美ー素顔それとも虚構・・・・・星野万美子     

 私たちが「美人画」と聞いて普通に思い浮かべるのは、醜さにつながるかもしれない一切の要素を隠しながら、女性の快い美しさを引き出して意識的に理想に近づけて描いた作品群であろう。それは実際に典雅で優しく、誇張されて浮世離れしているとはいえ、女性の持つ愛すべき素質が画家をして感動させ揺るがした結果の産物である。描かずにおれない女性のしなやかな姿や仕種、生き方に通ずるけなげさや強さや魅力がこの世にいつでも存在するのは確かなようで、古今の画家たちを突き動かしてきた。風俗や衣装にも細心の注意が払われ女性を引き立てており、画技は非の打ちどころがない。その美しい世界は私たちを時に癒し楽しませてくれ、人々がそういうものを観たいと求めているのは事実だ。
 西洋の美術に女性を描いたものは多いが「美人画」という範疇はなく、この日本固有の名称は観る側から勝手につけたようなものであるらしい。そのことからも推察できるように、例外的に人々に親近感を持って愛され続けてきた分野の絵画と言える。学術的に「〜主義」とか「〜派」など美術の潮流にはあまり大きく左右されずに泰然として進展した性質を持ち、ある種の美人画のスタイルというものが思い浮かぶほど堅牢な地位を築いた。
 江戸期に「美人絵」(女絵、美人図)と呼ばれてもてはやされた浮世絵美人にはある種の「型」が形成された。その「型」を引き継いだと言われる、いわゆる美人画は、そうとは言え時代とともにそれなりに変遷している。西洋の影響もあっただろうし、顔や体つきが立体的になり、心情を表すような、画家の主観を引き入れた描写に変わっていく。また時代の景色や風俗を取り入れたことによりもっと楽しめる絵画へと変貌した。そしてモダンな風潮や、数学的美しさのように知的で澄み切った構図と色彩を取り入れ、旧い型を継承しつつ新たな美人像へと発展してきた。今では女性が主題の西洋の人物画と比較するなどの楽しみ方も増え、相変わらずの人気である。よく展覧会などで目にしてきた美人画の多くは、明治40年から始まる文展以降一世を風靡した鏑木清方や上村松園や北野恒富に代表されるもの、有名な竹久夢二、そして昭和初期の新古典主義(小林古径など)に始まる、主には明快で理知的に計算された造形美としての美人画(中村大三郎や伊東深水など)の数々であった。

 文学や歴史上の実話、あるいは現実の女性たちを見聞きし昔も今も変わらない様々な人生を知れば、古今東西、女性は摩訶不思議で、子を産む生態と母性愛は神秘そのもの、慈愛に満ちた心理は複雑怪奇、死んで怨念を漂わすものまで想起させる。それほど謎めいているから芸術家は追求せずにはおれないのであろう。ある種の理想の「型」から大きくはみ出すことのなかった美人画には飽き足らず、少し歩を進め、女性の真実に肉迫を試みた画家たちがいた。見えてくるのは少し違ったものになった。見えてくるものは素顔なのか、はたまた化粧や衣装などで覆い隠された虚構なのか… 何かしらそういう問いかけが組み込まれているけれど答えが見つからない、それなのに複雑な美しさに満ちている、そんな世界である。
 紆余曲折に満ちた人生をしおらしくもしたたかに生き抜いていく女性の美の本質というものは、理想を追っていては容易には見えてこない。画家は内面にもっと近づこうと苦闘し、とうとうその彼方に「逃げない」美しさの一片を発見し、力をこめて作品に写し取った。造形的にあるいは動きが美しいだけの姿ではなく、理想化したものでもなく、奥底から湧き出る確固とした人間的なものである。歴史や物語の中で、また時代の流れを背負って、あるいは置かれた環境や運命のもとでひたすら生きてきた女性たちを、画家は、型にはめ込まず理想化せず、いわば主観を一等大事にして素直に描いたのである。時に凄いもの、怖いもの、ドロドロしたものを纏っていたりするだろう。描かれた女性は表情に心の内を覗かせこちらに語りかけてくる… 命を吹き込まれた女性の息づいている美しさとも言えるものである。それは単なる美人画の範疇を超え、肖像画とも袂を分かち、未来永劫繰り返し現れる女性美の本質を雄弁に語るものになった。この風潮は、大正から昭和の初めにかけて一つの頂点を形成し、目を引く作品が数々生まれたのである。

 女性美の謎は女性にとっても謎である。女性だからと言って女性のことがすべて分かっている訳ではなく、むしろ矛盾を抱え込み過ぎて見えてこない部分が多く一層追い求めてみたくなるのだ。その謎ゆえか、強い関心が同性への淡い憧れとなって表出するケースが結構ある。そんな魅力満載の女性の姿を見極めようとして厳しく女性美を追求する女性画家も多い。上村松園は、女性の「一点の卑俗なところのない、清澄な感じのする香高い数珠のような」絵を描こうとした。いわば女性はただ見た目美しいだけではなく、また卑俗なところもあるのだが、なお香しいほどの高貴さや清らかさを内包している素晴らしさを、女性の立場からことさら強調したかったのではないだろうか。
 『女の一生』『ダーバヴィル家のテス』『アンナ・カレーニナ』『大地』『風とともに去りぬ』『源氏物語』等々私たちが好んで読む文学作品には、女性が大役を持たずして登場するものは少ない。たとえ主人公が男性でも女性の姿を克明に描いているものも多い。私は『女の一生』を中学に入って間もない頃初めて読み、かなり強い衝撃を受けた。男も女も人生も何も分からなかった頃である。女主人公ジャンヌの哀しみとともに、彼女が「何もしようとしない」ことにイライラしつつ、夫である男への怒りがおさまらず、大学に入ってもう一度読み返してみるまで、ジュリアンという名前を見ても聞いても腹を立て、「ジュリアン」という喫茶店の前を通るたびに店主の見識を疑った。中学生の私にはフランス文学の当時のナチュラリズムをも理解できず、モーパッサンが描こうとした人生のありようと冷徹な問いかけについてゆけなかったのだ。二度目に読んだ時には、それでも生きていかねばならない女性としての人生の実態が分かり、運命は切り開いていかねばならないものだということを学ぶことができた。今では切り開けぬ運命だってあることを知り、幾多の女性たちがどんなに哀しみ苦しんで、そして強く美しく生きてきたことかと思いを馳せるのである。
 『女の一生』の後で読んだ『大地』に、中学生の私は救われる思いがしたものだ。主人公の妻である阿蘭の、彼女こそが大地ではないかと思うほどの力強さにほっとし、母なる大地、大地なる母を感じたのである。あやふやな女の一生における、ひとつの道筋を教えられた気がしたのだ。ジャンヌと阿蘭、この対照的なふたりがもし絵になるならば、どんな女性として描かれるのだろうか。
 英語圏やフランス語圏で一般的な男性名であり、姓にも使われる個人名「ジュリアン」のことでは、付け足しておかねばならない。何の因果か、後年美術に深くかかわることになった私は「アカデミージュリアン」のことを忘れる訳にはいかないからだ。ドニやマティス、ミュシャが学び、高村光太郎、梅原龍三郎や安井曾太郎はじめ、河合新蔵や澤部清五郎も学んだ私立美術学校である。画家でもあり教育者として大きな功績を残したロドルフェ・ジュリアンが1868年パリに開いた学校で、日本人洋画家と関わりは深い。ひょっとしてあの喫茶店主は、美術に詳しく京都出身の梅原たちの画家の活躍を知り、あるいは直接話を聞き、「アカデミージュリアン」に敬意を払ってそう名付けたのかもしれない、と思い返している。

 「千年前の遠い国のおばあちゃんの方が貴女の夫よりもずっと貴女に近い存在である。男ってそれほど遠いところにいる存在なのだ」というような、いかに男女が互いからかけ離れた思考を持つかを示した内容のものを読んだことがある。女性同士はたやすく分かり合うことがあるが、時に男女の間には相当な距離が生じることがあるらしいのだ。同じ血筋から男女が生まれ性格や顔や体つきが似ているのに、感じ方や考え方の本質の部分でこのような差異をつけるとは神の仕業としか言いようがない。謎深いのは男性も同じで、自分たちのことはと言えば、本当には分かっていないのである。「結婚とは互いの違いを発見することである」と言われるが、男性と女性は平行線を辿りながら、対立し合い愛し合い助け合い、そして謎の答えを求めて終点のない旅を続けるだろう。同時に私たちは女性美の追求を止めることはないのだろう。
 巷に溢れる美人画展に行くと、他の分野の展覧会ではちょっと見られない光景に出くわす。壁面があでやかだけではなく、会場までが華やいだ雰囲気になるのだ。熟年の婦人が多く、静かな会話がそこかしこから漏れ聞こえてくる。その感想たるや、衣装とそのこなし方がどうだの、髪が、化粧が、飾り物がこうだの、周りの景色、行事、道具などの風俗全般は如何か、と多岐にわたり楽しそうに詳細に述べ合うのである。必ず自分たちの場合はどうだこうだと個々の周辺を語るところまで輪が広がる点がユニークだ。絵を通して語られる華やかな話は聞いていて楽しいし、私は母や叔母たちを思い起こして日本女性が伝承してきた心温まる考え方や暮らしぶりに安堵するのである。絵を描いた画家たちも喜んで聞いているに違いない。芸術はこのように親しく自然で屈託なく楽しむのが最高だと思う。この日本独特のひとつの鑑賞方法がいつまでも消えないで欲しい。

 人は葛藤を繰り返しながらも常にあらゆる面で最終的に「美」を求めて生きていくものだという。浮世絵は世界中をあっと言わせた。今や情報が駆け巡るようになって近代の日本美術の素晴らしさが国境を越えて浸透し始めたようだ。日本的な浮世絵から発展した日本特有の美人画は私たちの大切な財産である。誇りを持ち護っていかなければならないのは当然だが、過去には議論や排斥を乗り越えてきた素晴らしい作品がまだ埋もれていることを知り、その顕彰を推し進めることが今の私たちに課された重大な責務である。画家たちの苦闘をもっと理解し変遷を緻密に辿らねばならないのだ。最近そういう活動が内外ともに起こってきたのは喜ばしい。今回の展覧会では、いわゆる美人画の系譜から抜け落ちていて、最近になって顕彰され注目を浴びるようになった、大正から昭和初期の魅力ある作品が目白押しである。画人たちが懸命に追い求めた女性美の世界に入ってひととき熱くなっていただけたら幸いである。
平成25(2013)年11月   

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