エノコログサに託した自然讃歌「藤田龍児遺作展」後記 | ||
脳血栓による半身不髄を克服し、不死鳥のごとく蘇った画家 | ||
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2002(平成14)年8月、藤田龍児夫人の光子さんからかかった葬儀を知らせる電話は、まさに晴天の霹靂(へきれき)のように私たちを打ちのめした。同年の5月初め、京都市美術館で開催された美術文化展の当番でおられた藤田龍児に会った。作品の前で写真のポーズをとっていただいた。「右足のちょっと先の方におできみたいなものがあって、痛いんや」と、いつもより足をひきずるようだったが、いつもと変わらない気楽な態度で私の注文に |
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大学を卒業後、ずるずるとその画廊に就職した。その後、1970年の万国博覧会開催の年、学生時代からプロの通訳ガイドとして活躍していた万美子と結婚した。紆余曲折があって、間もなくその画廊から独立した。その頃の藤田龍児との関係といえば、新婚時代に一度、当時住んでいた山科の2DKのアパートに、彼が幼い長男を連れて訪問されたことがあるくらいだった。独立したとはいえ、夢ばかり追い続ける駆け出し画商にはたいした収入があるでなし、最後には妻の収入を当てにしてしまった。夫として、また画商としての自覚自立をうながすため、清水の舞台から飛び降りるつもりから、敢えて収入の良い通訳ガイドの職を辞した万美子の強い意志もあり、私達夫婦は日々の暮らしに追われていった。しかし苦労はするものである。日本の近代美術の原点に立ち返って美術史を見直すという、私達の画廊の方針が次第に実を結ぶようになった。当然のことながら、売れにくい現代美術系作家との付合いは、徐々に薄れていったのである。 |
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私達が共に同志社大学(桂三:商学部、万美子:英文科)の出身であることで、自らも同志社ボーイの端くれだったと自称する藤田龍児が、とりわけ親近感を持たれたのかどうか、30余年の付合いをさせていただいた。ところが、彼が一番苦労されていた頃には少しもお力添えにもならず、お元気になられてからもお酒の一杯も酌み交わすこともなく終わった。私達の画廊にお見えになった時や、大阪梅田での個展会場で数分の会話を交わす以外、直接の接点はなかった。作品を取り扱う画商として普通はするだろう個人的な付き合いは、一切してこなかった。物故作家を主に取り扱う画商の姿勢として、現存作家の私生活の領域にまで踏み込むことは極力避けてきた。そのかわり作品と対峙することを第一とし、真剣にいつも描かれた絵の中の藤田龍児と会話することにしていた。作者と直接の会話を交しても語りきれない、彼の喜び、哀しみ、苦悩、希望、そうした諸々の様子が、あちこちから顔を覗かせるからだ。 |
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連なる山並みは、若い時代の作品にも晩年の作品にもよく登場する。故郷の紀州山地に象徴される日本の原風景として、画家藤田龍児が幼い頃から身近で慣れ親しんだものだ。が、両者では少し趣が違うようだ。生涯にわたって描き続けた「エノコログサ」も、初期作品の中では、『古事記』や『日本書紀』の神話の世界にある日本創世期の於能基呂島伝説と融合したもののようだ。日本の大自然への賛美を、エノコログサの持つ旺盛な生命力が地中深くに培われたものだとの理解のうえ、土の中から涌き出る生命の根源と地表を支配する風や雲といった環境が織り成す壮大なドラマとして、初期の作品に描こうとしたのであろう。失意のどん底から復活を果たした生命力の根源も、路傍に健気に息づくエノコログサであった。よろよろと歩を刻むリハビリ中の藤田龍児は、どれほどその優美で打たれ強いエノコログサに励まされたことだろう。気がつけば、いつしか齢70を越えた。幾度となく越えた人生の山脈がある。生涯の支えとなってくれた妻と共に歩んで来たが、幾重にも重なる山脈を二人三脚で越えて来た。遠く険しい、そして長い道が二人の後ろにある。この思いが最後の出品作に結実し、あのゆったりと気持ちのよい表情になったのだろう、そう私たちは理解している。 遺作展を開催するにあたり、画家藤田龍児が送った全人生のうち、現存する限られた資料の中でという制約の中、出来る限り忠実に彼の画家人生を俯瞰することが可能になればと願い作成した図録である。文献やアルバム中に散見できる過去の出品作品を参考資料として掲載したが、準備時間の不足ゆえ詳細なデータを揃えることができなかった。少し悔いが残るが、まあー満足の出来るものになったでしょう、と天国にいる画家に報告できるのではないか。藤田龍児という希有(けう)な画家が描いた、人生の節目、節目での深い思考と感情の起伏の織り成す美の神髄を、本展により多くの皆様にご理解していただくことを希っている。合掌。 星野 桂三 星野万美子 |
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